SDP CREW

SD JUNKSTA
CCGシリーズ
あなたは神奈川“THA GAMI” リバーサイドを拠点に活動する
腰履き愚連隊SDP(Sag Down Posse)を知っているだろうか?

SDPを構成するのは、数多くのタイトルを持つ筋骨隆々のブレイク・ダンサー3人組SHYAN、BABA BLUE、THRILLをはじめ、NIKEやADIDASとのプロジェクトを成功させ、水戸芸術館で開催された日本初の大規模なグラフィティ展「X-COLOR」では全アーティスト38人中8人がSDPから参加するなど、世界に向けて日本のグラフィティー・シーンの歴史を更新し続ける、ARK、S3K、FYAなど名立たるグラフィティー・クルーの集合体、そしてSDPの主催するパーティー「SAG DOWN」に集まる数え切れないくらいのホームボーイ達。アート、音楽、スラングやジョーク、同級生や実の兄弟という地元に根ざしたHIPHOP共同体ともいえるライフスタイル、SDPのそれらのすべてを代表して代弁しているのがラップグループのSD JUNKSTAだ。

SD JUNKSTAのメンバーは、熱くタフな歌詞と確かなスキルで新世代を牽引する存在として、同業者のアーティスト達から今最も注目されているMCでもある”相模のカンバン”ことリーダーのNORIKIYOを筆頭に、シーンきってのリリシストとして名を馳せるド渋の吟遊詩人BRON-K、ラップのCDはスチャダラ以外持ってないのにラッパーとして最高に個性的な声で流暢にフローする男TKC、ビートボックスからスキルフルなラップまで口であらゆる音を奏でる人間ドラムマシンKYN、SDの最終兵器スラングマスターWAX、新加入の超絶ライム野郎OJIBAH & 634、謎の諜報部員SITEの7MCに加えて、陰のフィクサーDJ ISSOを擁する大所帯グループだ。

2006年12月にリリースされた傑作「花と雨」でアンダーグラウンドの長いトンネルから抜け出したSEEDAが、ヒップホップシーンのポール・ポジションを奪ったまさにその時、ストリートの話題をさらったMIX CDシリーズ「CONCRETE GREEN(以下CCG)」をSEEDAと共同で手がけていたDJ ISSO、そしてDJ ISSOが所属するSD JUNKSTAにも注目が集まったのは必然だった。計5枚がリリースされ、SCARS、GEEK、SHIZOO、L-VOKAL、STILL ICHIMIYA、ICE DYNASTY、ESSENCIALなど、新世代の才能溢れるアーティスト達をシーンに知らしめたCCGシリーズを通して、SD JUNKSTAのメンバーはソロやメンバー同士の様々な組み合わせで、そうそうたる参加アーティストの中で最も多くの楽曲を提供し続けた。そして、新世代のムーブメントまでに発展したCCGシリーズの中でも特に際立った存在感を放っていたのが 他ならぬNORIKIYOとTKC、そしてBRON-Kであり、2007年から始まったSDP怒濤のリリースラッシュはCCGの存在を抜きにしては語れない。また、シリーズを通してCDジャケットを手掛けたSDPのデザインチーム246GRAPHIX(KANE&FATE)の上質なアートワークもCCGムーブメントの加熱に拍車をかけた。

「CONCRETE GREENに参加してるみんなが音源作り出してて、SCARSもアルバム作ってたし、何もやんねーで置いてかれるのも嫌だったから」(NORIKIYO)「CCGに収録された曲が評判が良かったらしくて、みんなにケツを押してもらってアルバム制作が始まったんすよ」(TKC)

これまでにSD JUNKSTAが発表した作品は、コンピを除けばCDRが大半を占めていたが、カラーコピーのチープなパッケージと反比例するような内容の良さに加え、毎回SDPのグラフィティ・ライター達が手がける良質なアートワークも含めて、SD JUNKSTAはあっという間に熱心なHIPHOPファンや全国のHOODから絶大な支持を集めることになる。相模川沿いの錆びた街に生息するSDPが発信するメッセージや作品の数々は、ローカルに根ざした日本ならではの“リアルHIPHOP”を体現するムーブメントとして、停滞気味だった日本のHIPHOPシーンに大きな衝撃を与えた。2007年6月にリリースされた過去音源のBEST盤的なMIX CD「LOST SHIT」がリリース後に即完売、その勢いをそのままに終戦記念日の8月15日にはNORIKIYOが「EXIT」、TKCが「百姓一揆」という2枚のソロアルバムを同時リリースした。同作は「THE SOURCE JAPAN AWARD2007」にて名だたるビッグネームのアルバムを押さえて見事3位に選出、他にも数々のアワードでBESTアルバムに選ばれるなど、新世代が台頭した2007年を代表するアルバムとして、方々で高い評価を得るに至る。そして20008年2月28日(SDPの日)には、SDPの至宝BRON-K待望の1stソロアルバム「奇妙頂来相模富士」が発売された。発売前から既にクラシックとの呼び声も高かったこの1stアルバムで、稀代のリリシストBRON-Kはその実力をシーンに知らしめた。一見スタイルも内容も全く違うこれらのアルバムが表現しているものが結局のところ一緒のことであるというのは、SDPが掛け値なしに素晴らしいクルーだということの証明だ。

21世紀型の”リアルHIPHOP”を体現し発信する新しいアイコンとして、SDPが持つ影響力と各々の高いスキルは既にアンダーグラウンドの帝王と言っても過言ではないだろう。国道の防音壁を埋め尽くす膨大な量のタグやスローアップの数々、高架下や川沿いの橋げたに描かれた目を見張るようなマスターピース。隣接する米軍キャンプと調整地区のジャンクなゴミの山と団地に囲まれた川沿いの街から生み出されるピュアな芸術が日本のヒップホップシーンの歴史を塗り替えるのは時間の問題だ。

「耳すましなこの街の音色/電卓じゃはじけねぇ絆、仲間/鳴らす音が呼んでるどこだ?/俺ならここだよここ、ここだ」
(NORIKIYO「23時各駅新宿」)
SDJUNKSTA
"First Class"
SDJUNKSTA
"River Side Locos"
SDJUNKSTA
"Best Of SDJUNKSTA"
SDJUNKSTA
"SDPEP"
SDJUNKSTA
"LOST SHIT"
KYN
"WHOLE SALE"
NORIKIYO
"EXIT"
TKC
"百姓一揆"
BRON-K
"奇妙頂来相模富士"